第三章 GIRL☆GIRL
翌日、昨日よりは早く目覚めて、春見は朝食を作っていた。
敬介は、仕事があるというのは嘘ではなかったらしく、今朝早々に出ていった。
春見はこれのせいで起きたのだ。
ちなみに、海堂と猫野はバッチリ起きていて、朝食ができるのを待っている。
猫野は、猫の姿だから、キャットフードでもあげたい気分だが、それはかわいそうなので、こちらもしっかりしたものを作った。
果たして、どのようにたいらげるのか興味深いところだ。
そして、朝食ができ、皆でいざ食べようとした時だった。
――ピンポーン。
玄関のインターホンが鳴った。
こんな朝早くに――でも、普通の人間は活動しててもおかしくない時間――誰だろうと、春見は手をつけ損ねた朝食を後に、玄関へと向かう。
ちなみに、海堂達はちゃっかり朝食にありついていた。

春見が玄関のドアを開けると、そこには――黒い翼を背中にはやした、にこやかに笑う同い年ぐらいの、どこかで見たことのあるような顔をした少女がいた。
彼女は、その翼だけではなく、わざとらしいくらい、黒しかない人だった。
髪や目は黒いし、服も暗い色の物ばかりだった。
だけど、肌は眩しいぐらい白くて、黒を一層ひきたてていた。
だが、黒い翼が見えたのは一瞬で、次の瞬間には、羽がブレて、見えなくなっていた。
春見がキョトンとして、少女を見ていると、少女は、どこかで聞いたことのあるような声で話しだした。
「おはようございます。昨日から隣に越してきた長原涼貴です。これ、つまらない物ですが……」
少女――涼貴はそう言うと、春見に、きちんと包装された底の浅い長方形の箱――たぶん菓子か何かだろう――を差し出した。
「あぁ、すいません。そんなお気遣いしてもらって……」
春見は、そう言って、ありがたく受け取った。貰える物は貰っとくが、春見のモットーの一つである。
この時の春見の頭の中では、先程の黒い翼のことはどうでもいいことになっていた。
「いえ、これからお世話になるかもしれないんですから、これくらい当たり前ですよ」
涼貴がそう答えたと同時に、第三者の声が割って入った。
「涼貴! 何でお前がココに!」
海堂だった。
しかも、すこぶる機嫌が悪そうだ。むしろ、怒っているようにも見える。
嘲るような、威嚇するような、そういう表情をした。
「あぁ、ケイか。弱虫のお前の方こそ、何のつもりでいるんだ? 贖罪のつもりか?」
「なんだとっ……!」
口調まで先ほどと違う。
海堂は、怒りに顔を染めた。
春見は、何が何だか全くわからなかった。
ただ、二人が知り合いだということぐらいしかわからない。
そんな春見に、涼貴が気付いたようで、今までの複雑な笑みに、慈しみをあわせたような表情になり、さらに何か言おうとする海堂の言葉を遮った。
「まぁ、『春見ちゃん』が困ってるようだから、この辺にしとこうか。……じゃあ、これで」
最後は春見に向けた言葉で、そのまま彼女は隣の自分の部屋に帰っていった。
「ねぇ、一体どういうことなの?」
春見は海堂の方を向き、そう言った。
海堂、春見、人の姿に戻った猫野は、居間に黙って座っている。
「長原さんは、一体何者なの?」
春見は再び問う。
問わなければ、永遠に話そうとしないような、そんな感じだったからだ。
海堂は、言われてしまっては話さなければならないな、という感じで、渋々ながら話し始めた。
「………涼貴は、夏実の双子の姉なんだ。夏実の家は代々不思議な能力を使って、奉仕活動したりしている家で、だけど、歴史が長いせいか、みんなが変なエリート意識を持ってて、涼貴はそんな中で、能力がなかったものだから、家族に疎まれてた。そんなんだから、アイツは、能力があって、みんなに可愛がられてる夏実に劣等感を抱いてたんだ。そして、アイツの養子縁組が決まって、そのせいで、夏実は……。……俺がもう少し……」
海堂が、苦しくものを吐き出すようにそう言う。
その様子があまりにも痛々しかったので、春見はそこで言葉を遮ることにした。
「もう、いいわ。ありがとう。あとは、もしあたしが夏実さんなら、思い出せばいいことだし」
「でも……」
「いいの」
春見は、強く言い切った。
なんとなく、海堂にこれ以上話させてはならないような気がしたからだ。
それと、彼が涼貴に敵意だけを抱いているわけではないということがわかって、なんとなく嬉しくなったから。
何があったかはわからないが、とても嫌なことがあったのに、相手を思いやる言葉を言える、そんな優しい彼を、これ以上傷つけるのは不条理なような気がしたのだ。
それから春見は、両親の所に行き、今までの事情を説明をして、話を聞いた。
自分が本当に両親の子供なのか、と。
すると、両親はできれば話したくはなかった、と、真実を語り始めた。
それで、春見は、近くの川にいたのを拾われたことがわかった。
かなり冷たくなっていたので、急いで病院に運んだそうだ。
そして、警察に連絡をしたものの、身元が判明するまでには時間がかかるため、施設にいれられるよりは、自分達で育てた方がいいだろうと、子供のなかった二人が、もし子供が生まれれば名づけようとしていた、「春見」という名をつけ、引き取ることにしたのだ。
そこから、春見の生活が始まった。
ちょうど、その夫婦に子供がいなかったのも、幸運だったのかもしれない。
悲しげな瞳を向ける両親――今となっては義理だが――に、春見は、
「今のあたしには、父さん母さんがあたしの両親よ。それ以外ないわ」
と言った。
二人は、静かに目を閉じ、無言でうなずいた。
翌日の今日は、学校だ。
今は、ホームルームが終了している時間だった。
本来なら、友人達とのたわいのない会話をする時間なのだが、今日の春見達は、少々違っていた。
春見達の隣のクラス――猫野と同じクラス――に、転校生がきたのだ。
それは、なんと涼貴だった。
春見は、一度涼貴と話してみたかったので、昼休みに、隣の教室へと向かった。
海堂達に見つかると、何かと厄介なので、春見が隣の教室に向かおうと教室を出た時に、涼貴が出てきたのはちょうどよかった。
「長原さん」
春見が、涼貴を呼び止めた。
涼貴は、それに気付いて振り返った。
「長原さん、ちょっとお話したいんだけど、いい?」
涼貴は、春見をじっと見た。
この前のような、優しさのにじむ表情はなく、厳しく春見を見据えていた。
春見は、首筋に寒気を感じたが、気にせず言葉を発した。
「昨日、海堂からあなたのことを少し聞いたの。だめかしら……?」
涼貴は、表情をそのままに、
「あぁ、いいよ。ちょうどお昼休みだから、裏庭で一緒に弁当を食べようか」
春見の親しげな雰囲気につられたのか、涼貴も地の言葉で喋った。
春見は、なんとなく嬉しくなり、自分も共に昼食をとるつもりだったので、裏庭に向かった。
そして、涼貴と春見のニ人は、裏庭で昼食をとっている。
「………」
「………」
沈黙ばかりが続いていた。
春見は、はたしてなんと話し掛けようか大いに悩んでいた。
が、そんなところに、天の助け(?)が舞い降りた。
「春見ちゃんは、本当に記憶が何もないのか?」
涼貴が話し掛けてきたのだ。
春見は少々焦ったが、とりあえず思ったことを口にした。
「うん。だから、あたしがホントにその夏実さんかわかんないし、もし夏実さんだったとしても、どうすればいいかわかんない、のよ……」
なんとなく気まずくて、歯切れの良くない春見の言葉を、涼貴はじっと聞いていた。
そして、言葉が切れた時に、自分の言葉をはさむ。
「私が思い出させてあげようか?」
春見の肩に手をかけ、鋭い刃のような微笑みで、春見の顔を覗き込んだ。
彼女の背中に、黒い翼が見えた。だが、すぐにブレて見えなくなった。
――ニ回目。やはりあれは錯覚じゃなかったんだ。
そして、春見の心臓が、早く鼓動しだす。体が硬直する。嫌な感じだ。
でも、聞かずにはいられなかった。
「どうやって……?」
口が乾いていくような感覚に囚われて、言葉が少し不明瞭だった。

だが、涼貴にはしっかり聞こえていて、鋭い刄の笑みを、柔らかいものに変え、春見の耳元に唇を寄せ、囁いた。
重く、そこに確かに存在しようとする、意志をもった声で。
「『お前なんか、いらない』」
瞬間、春見の体に衝撃が走った。
頭の中にあらゆる音声や映像が、洪水のように溢れては流れていき、混乱を生んだ。
気付いた時には、春見はなりふり構わずに走りだしていた。
どこへ向かうか、わからずに。
涼貴は、その春見の後ろ姿を、悲しげに見つめていた。
RAN ***2005/2/1***
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