第五章  THE ONE



 この時から約三時間前のこと。

「涼貴!!」
 海堂が怒りに顔を染め、涼貴の教室にやって来た。
 そして、窓際の一番前の、涼貴の席へゆっくりと近寄る。
 こうでもしないと、自分を落ち着かせられないのだろう。
 クラスの人々は、何事かと気になるようで、教室は静まり返った。


 涼貴は、読んでいた本から顔を上げると、
「なんだ、ケイか。どうした?」
 と、何事もないように聞き返した。
 これにケイは、せっかく落ち着こうとしたのも無駄になり、机を、ガンと大きな音がでるぐらい、一発たたいた。

「ふざけるな! 春見が昼休みから教室にいないんだ! お前が何かしたんじゃないのか?!」
「まぁ、したと言えばそうだが……ケイ、お前落ち着きがなさすぎだ。詳細な根拠がでていない。だいたい、そんな状態で探しに行って、ちゃんと見つけられると思っているのか? 弱虫ケイが」
 海堂は、再び机をたたいた。今度は、さっきよりも強く。

「あの時の俺だと思うな」

 そう言うと、海堂は教室から出ていこうとする。
 きっと、彼はこれから春見を探しにいくのだろう。

「ケイ」

 今にも教室を出て行こうとする海堂に、猫野が声をかける。
 そして、海堂が猫野の方を振り向いた時、猫野は何か黒い物を放り投げた。
 海堂は、それが当たり前であるように、黒い物――黒い麻のジャケットと、黒いキャップを受け取った。
 これは、彼が休業中とはいえ、有名人であるには変わりがないので、海堂ケイだとわからないようにする、いわゆる変装道具だ。

「サンキュ」
 短く、淡々と海堂は猫野にそう言うと、教室を出て行った。

「雷」
 その海堂を見送りながら、涼貴は猫野の名を呼んだ。
「なんだ」
 斜め右後ろにニ番目の席の猫野も、あっちの方向を向いて、ぶっきらぼうに答える。
「私達は待っていなければならない。わかるだろ?」
 優しく、言い聞かせるように涼貴は言った。
 猫野は、無言で立ち上がった。
 涼貴は、それで猫野の方を向く。

「どこに行くんだ?」
「ケイのことだから、誰にも行くこと言ってないだろう。だから、合田さんに言ってこようと思ってね」
 猫野は、それで、暗に了解したと告げているのだろう。かなり渋々と言った感じだが。
「合田さん?……あぁ、あのお前の昔の彼女に似てる娘のことか」
「涼貴!」
 最後の涼貴の言葉に、猫野は顔をほのかに赤くして、咎める声を発した。
「なんだ。気にしているのか。私はまた、懲りずにやっているのかと思ったよ」
 涼貴が、全然気にした様子もなく、そう言った。
「……お前って、ホント、ムカツク奴だな」
 猫野はため息を吐きながら、隣の教室へと向かった。
 なぜなら、クラスの皆が、ニ人の会話に聞き耳をたてているからだった。
 涼貴は無視して、本を再び広げ、読み始めた。
 だが、猫野は教室の入り口でふいに立ち止まり、携帯電話を取り出し、どこかへと電話をかけ、春見がいなくなったことを告げた。
 電話を切ると、猫野は、すぐにかき消えるような声で呟いた。

「仕返しくらいは、許されるでしょう」
 後に、この猫野の行動が、涼貴の人生において、大変な騒動を巻き起こすのだが、涼貴はもちろん、猫野さえも、その時はそれを知る由もなかったのだ。



 それから、学校が終了し、涼貴は自宅に戻り、着替えると、アパートの入り口の所に立っていた。
 夏実を出迎えるためだ。
 彼女は、先刻自分で言ったことを実行しているのだ。
 だが、いつからか雨が降りだし、涼貴の髪や顔や服などを、容赦なく濡らしていく。
 そういう時だった。

「何してんの?」


 ふと、涼貴に話し掛けて、涼貴に傘を差し出す人の気配がして、涼貴はその方向に視線を向けた。
 そこには、敬介がいた。
 猫野が電話した人物というのが敬介で、彼も、夏実が帰ってくるまでアパートで粘ろうとやって来たのだ。
 さすがに、涼貴のように、雨に濡れてまで、などという心構えではもちろんないが。
 だが、涼貴はそんなことは知らないし、敬介という人物のことさえ知らない。
 だから、話し掛けてきた敬介を不審な目で見ても、しょうがないだろう。

「……誰だ?」
 相手が親しげに話しかけてくるので、涼貴も敬語を使う気は毛頭ない。
 変なところで、この姉妹は似ている。
 それを敬介は感じ取ったのか、優しげな笑みを口ににじませながら、猫野から聞いていた情報を口にのせる。
「俺は伊藤敬介っていうんだ。春見がこっち来てから、何かと一緒に関わってるヤツだよ。君が春見の双子の姉の長原涼貴さん、かな?」
 涼貴は、ゆっくりとうなずいた。
 一気に色々言われて困惑しているようだ。
 敬介も、それはわかっているようで、ニッコリ笑ってこう言った。
「これから色々あるだろうけど、ヨロシク!」



「春見!」

 海堂が、夏実へと駆け寄ってくる。
 土手を走っている時は、足がもつれて転びそうになっていた。
 そして、夏実を抱き締める。

「…………」
 しばらく、ニ人はそのままでいた。
 だが、やがて夏実が口を開いた。

「海堂……じゃなくて……ケイ、あたし記憶が戻ったわ」
 まだ慣れないようで、照れ臭そうに、夏実はそう言った。
 海堂は、夏実から少し体を離し、夏実を見つめた。
 そして、微笑みながら、彼女の髪に触れ、言った。
「……帰ろうか……夏実。みんなが待ってる」
 夏実は海堂の言葉が嬉しくて、微笑み返して言った。

「帰ろう」



「涼貴ちゃんは、今も春見が嫌いなの?」
 一方、敬介と涼貴の方は――敬介が話題をふって、色々なことを話していた(涼貴が答えさせられてたとも、言えるかもしれない)。
 色々なこととは、春見の過去など、それ関連の話題だ。
 この頃には、敬介もだいたいの事情は飲み込めていて、こういう質問に至るという訳である。
 こちらも、雨はやみ、敬介は傘を閉じ、持っていたハンカチで涼貴の髪や顔をふき、着ていた上着を涼貴の肩にかけてあげた。
 そして、話をするうちに、敬介の涼貴の呼び方が変わってきて、涼貴は違和感を覚えながらも、彼女はその過去により、人に構ってもらえることを無意識のうちに嬉しいと感じているので、別に嫌悪を感じたわけではなかったので、あえてその感情を無視して、敬介に答えを返した。

「今は、別に何とも思っていない。むしろ、養子に行った先の人達は優しいから、夏実には感謝すべきなのかもしれない」
「じゃあ、なんで無理矢理春見に思い出させるようなことしたの?」
 敬介が、さらに問いを重ねる。
「……夏実は思い出さなければならない。夏実が忘れることは許されないんだ」
 涼貴の重みを含んだ声に、敬介は敏感に反応した。

「どういうこと?」
「……それは、言えない。夏実が気づくべきだし、夏実から全てが明らかになるべきだ。また、必ずそうなる」
 涼貴は目線を下に彷徨わせたまま、そう言い、口を結んだ。
 敬介は、これ以上は聞いても無駄だと悟り、質問を変えた。
「涼貴ちゃんは、なんで春見が夏実だってわかったの?」
「なんとなくだ。ここに来たのも、なんとなくだった。よく、わからないんだ。たまにこういうことがある。まるで、誰かに導かれているような……」
 敬介は黙って、涼貴を見ていた。
 彼には、何か感じるところがあるのだろうか。
 だが、敬介は、それとは別のことを口にした。

「よし、決めた」
 敬介が、涼貴を見ながら呟いた。
 涼貴は、敬介の言葉の意味がつかめず、困惑した顔で敬介を見つめる。
 敬介は、涼貴の両手を、自分の両手で包み込むように手を握り、にこやかにこう言った。

「俺の被写体になってくれないかな」
「は?」

 この瞬間、涼貴の人生に一つの転機がきたのである。



 海堂と夏実も、家路にて会話をしていた。
「ねぇ、なんでケイはそんなにあたしのことを気にかけるの?」
 夏実が、ふいにそう海堂に問う。
 海堂はなんとなく照れたような、何を今更そんなことと言うような笑みをうかべ、こう返事した。
「夏実、なんか忘れてない? 俺は夏実が好きなんだよ。そんなの決まってるじゃないか」
 目線は前を見たままだが、夏実は、その言葉をかみしめていた。
 温かくて、なんとも言えない、甘いような酸っぱいような複雑な味がした。
「そうか。みんな、あたしのことそう思ってくれてるのかな」
 なんだか涙がでそうになり、ちょっと強がった口調になってしまった。
 海堂は、優しい声で返す。

「まぁ、質とか程度とかは人それぞれだろうけど、みんなが夏実を好きで、必要としていると思うよ。……涼貴も、なんだかんだあったけど、ホントは夏実のことが大事なんだよ。今アイツがここにいるのがなによりの証拠だからね。……っていうか、なんで俺がアイツのフォローしてんだよ。やっぱ今のなし。アイツはよくわからん」
「……そう……」
 海堂が、照れてそう言っているのがとてもよくわかるので、夏実は笑いをこらえるのが大変だった。
 海堂は、なんとなく気まずくなり、話題を変えようと、こう言った。
「それよりさ、俺まだ夏実に大事なこと言ってもらってないんだけど」
 海堂の言葉に、夏実は首を傾げる。

「何?」
「わかんないかな〜。俺、さっきなにげに告白してたんだけど」
 夏実も、さすがにこれで察した。
「あぁ………言わなくても、わかんない?」
 照れ屋なのは、海堂だけではなかったようだ。


 海堂は夏実の手をつかみ、自分の方へ引き寄せ、後ろから抱き締める格好になった。
「ずっと待ってたから、聞きたいんだ。夏実の声で、言葉で。頼むよ」
 耳元で、海堂が切実にそう言った。
 吐息が、柔らかに皮膚に触れる。
 夏実は、体が熱くなるのを感じた。観念せざるをえないようだ。
 夏実はため息を吐き、

「……大好きよ、ケイ」

 と小さな声で言った。
 海堂は、無言で夏実を強く抱き締めた。かなり嬉しいようだ。
 夏実の胸にも、なんだか温かな、つい笑みをうかべてしまいそうな、そんな感情が宿っていた。
 もうすぐ、涼貴達の待つ、夏実の家に帰り着く。

 そうして――彼らの新しい生活が、始まっていく。




−THE END−



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<RAN>
「Best Friends」、略して「ベスフレ」をお届けしました。
小説の形式について、何かありましたら、掲示板かメールでぜひご連絡ください。
なんか、ちょっと見返してたんですが、なんだか人に見せるのが恥ずかしくなってきますね(笑)。
でも、こういうの好きなんで、出しちゃいますが。
私の妄想と趣味がひたすらに表れた話です。
なので、そこはつっこまないでください(汗)。
妄想にしてもひどい、というところがあれば別ですが。
この作品は、明るい雰囲気を出そうとしたのですが、出てるんだか出てないんだか……。
私は、どうも明るいライトな話が書けない性格のようで、どうしても話がそれなりに続くと重く重くなっていくようです(汗)。
あと、迷ったんですが、BGMとかも出してみました。
あくまで、私がその時に聞いてた曲ですので、気にしないでください。
興味のある方は、聞いてみてくださると嬉しいですが。
とりあえず、イメージが少しわかるかもしれません。
それから、作品に華を添えている挿絵はミライさんのものです。
実は小学生の時も挿絵を描いてもらいました。
もう頼むのはミライさんしかいないと思い、頼んだのです。
昔と比べると、どちらも歴史を感じます(笑)。
本当に、毎度のことですが、本当に素敵な挿絵ありがとうございます!!
以下、ミライさんのコメントです。

<ミライ>
この作品はずっと前に一度挿絵を描かせて頂いた事が有るので、とてもなつかしく思いながら、今回描かせて頂きました。
絵の方は正直未熟なんですが、RANにとっても私にとっても愛着のあるキャラ達だと思うので、またこの作品を絵にする事が出来て、とても嬉しかったです。
楽しんで描かせて頂きました。 
個人的には涼貴が気に入っています。



BGM by Paula Cole " I DON'T WANT TO WAIT "
RAN  ***2005/2/1***



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